FC2ブログ

飛龍山 秋、一夜にして雪山 11月18日

2010年11月18日 2日目
三条の湯 ~ 北天ノタル ~ 飛龍権限 ~ 前飛竜 ~ 熊倉山(火打岩) ~ 丹波天平 ~ 丹波小学校

目覚めたのは6時過ぎ。薄暗い。快晴とは行かないが、悪い天気では無さそうだ。

PB180224.jpg

ユルユルと寝袋を脱いで湯沸かしから始める。その間に散らかした道具たちの片付け。しかし燃料の残量が怪しい。
朝の定番、アルファ化米のしそわかめごはんとみそ汁。コーヒーとポットの分の湯を沸かす。アルコールを使い切ってしまった。予備の固形燃料で補う。この辺りはもっとシビアに計算して計画を練るべきなのだろう。いや、行き当たりばったりな男につき。

PB180229.jpg

出発の準備が出来たのはもう8時。遅い出発だ。もう小屋には誰ひとり居ない。
重たいザックを背負う。それも喜びの内だ。

PB180234.jpg

飛龍山を目指し一歩を踏み出す。まずは北天ノタル。そこまで2時間以上を歩く。

PB180237.jpg

アンドリューはどうしたかな 事件、事故は御免だ。無事であることを願う。

PB180241.jpg

上り始めて小屋を振り返ると紅葉の下、とても絵になる光景だ。何度も振り返り、名残惜しむ。

PB180242.jpg

立ち止まれば寒いが、最初から急勾配で歩き出したとたんに汗が流れ出した。何度も脚を止め、汗を拭い、呼吸を整える。タバコを止めたのだ。以前よりは楽に行けるはず。

PB180243.jpg

冷たい風が雲を連れて吹き上がって来た。山をこの体をかすめていく。鼻水が止まらない。
上の方は寒そうだ。雪を冠っている。昨日の雲取山と同じだ。

PB180246.jpg

ダーン!
爆音が轟いた。北天ノタルへの中間地点。山々にこだました。思わず足が固まる。
銃声だ。「鹿猟が解禁になった」夕べの風呂での会話を思い出した。三条の湯の親方が放ったのだろう。それにしても凄まじい音だ。まさかこんな近くで始まるとは。仕留めたのだろうか。何処から何処を狙ったのか。その後は静寂となり様子が分からない。見回しても何の動きも見えない。人間も鹿も気配を殺しているのだ。気付かれないまま両者の間に入ってしまっているのかも知れない。足を止めて様子を窺う。流れ弾に当たったりしないだろうか。このオリーブグリーンのフリースは風景に溶け込み過ぎてはいないか。昨日の丹波天平での嫌な冷たい空気が甦った。これから起きる事件、事故への警告、虫の知らせではなかったのか。これ以上入るな、帰れと言われているようだった。先へ進むのは止めるべきなのか。もうここまで来ているのだ。進もうが戻ろうが当たる時は当たるのだ。
銃声。思い出す。いつの日だったか。勤務先事務所のすぐ横の小さな路地で男が撃たれ女が泣きわめいた。
拳銃で三発、射殺されたのは暴力団組長ということだった。あの凄まじい破壊音が銃声とは思えなかった。映画やテレビのドラマとはまったく違う音だった。そして無闇に発射しない。
「薬莢は見つかりません。回転式と思われます!」「まだあそこにそこにもっとよく視ろ!」「はい!」

PB180249.jpg

テレビ局の報道取材インタビューを受けたこと。「ニュース見たよ」と懐かしい声を聞いたこと。当時の色々な顔と時間が思い出され、想いも甦った。あれから何年が経ったのだろうか。これまでどういう時間を過ごして来たのだ?いったい何をしていたのダーン!
再び爆音が轟いた。射抜かれた?風穴が空いたような。もしかしてその銃声の主はアンドリュー?ここを狙っているのかい?平気さ、すでに穴だらけさ。

PB180251.jpg

雪が目に付きだした。昨日の雪が凍っていた。雲取山同様、雪を冠ったようだ。

PB180254.jpg

ザクザクと砕く音は心地良かった。歩みを実感出来た。枝も凍りついている。笹の上の雪は昨日のものでは無い。

PB180263.jpg

雲取山からの雪で白くなった道と合流、北天ノタルに到着した。10時30分、2時間半。見込みを20分程オーバーしている。これまでとは違う空気。汗も鼻水も止まっていた。

PB180266.jpg

風が吹き始め、雪が混じり出した。手袋を取り出す。トレイル上には白く積もり、進んで行く道を浮き立たせた。
雪はすぐにあられとなった、ザックに音を立て、地面でも跳ね転がっている。痛いっ。唯一露出している顔に当る。

PB180268.jpg

あられも一時でまたすぐに雪へと変わった。ジャケットを出そうか。寒くはないし足を止めたくない。ザックを下ろす気になれない。飛龍権現までもうすぐ。そこまではこのまま行ってしまおう。

PB180272.jpg

凍結は無いものの、昨日の残雪に今日の新雪が被さっている。滑らないだろうか、緊張が途切れない道のり。

PB180274.jpg

木の枝も凍り付く。

PB180278.jpg

飛龍権現に到着。11時20分。山頂への登り口を見落とした。足元に気を取られ過ぎたか。50分掛かってしまった。

PB180279.jpg

雪に埋もれそうな小さい祠に気付くには時間が掛かった。ここから山頂へピストンしようか。しかし時間にも雪にも不安がある。少しだけ試しに上ってみる。この辺りの足場は心配ないがこの先も同じと思ってはいけない。体力も温存しないと。山頂は景色が無いとあった。ましてやそんな天候ではない。

PB180283.jpg

ザックの上には雪が凍りついていた。バラバラと落とし、ポットとカップを出す。脚を止めていると流石に寒い。

PB180284.jpg

甘いカフェオレを湯に溶かす。湯を作っておいて良かった。熱さに注意しながら啜る。寒く白い雪。その中での熱く甘いコーヒー。視覚、嗅覚、触覚。いくつかの記憶が甦った。しかしセンチメンタルに浸っている余裕は無い。そしてそんな想いはどこか遠くへ連れて行かれてしまいそうだ。
昨日から潰され続けたレーズンロールと黒糖ロールの昼食を摂る。熱いカフェオレもあっという間に熱を奪われていく。その間にも雪は量を増して行く。急がねば。

PB180288.jpg

11時50分。出発。この状況もこの山頂付近2,000mのこの辺りだけで少し下ればすぐに雪は無くなり、昨日の秋の景色になるのだろう。そう思って疑わなかった。この瞬間はこの状況を楽しんでいた。冒険には想定外、素敵な事件が必要なのだ。

PB180289.jpg

しかし雪は時間に連れ大粒になって量を増し、樹々や道は見る見るうちに白に埋められていく。こんな景色になるとは。何て静かなんだ。足音さえも雪に吸い込まれる。寒い。足を止めてネックウォーマーを出し、耳を覆った。歩けばすぐ温まるはずだった。しかし足場も怪しくなり、思う様に足が運べない。スピードを上げられない。
手がかじかむ。手袋も就寝用に持って来た物。紅葉を愛でる秋の装備だ。この冷たさには足りな過ぎる。まるで冷水に浸けているかの如く。ダブルストックだしポケットに入れては歩きを進められない。
体が震える。温めようと全身を大袈裟に動かして歩いてみる。妙な動きはかえって邪魔をし無駄に体力を消耗する様に思えた。足場だって怪しい。自然の身震いに任せよう。
カラビナに吊り下げてさっきまで汗を拭っていたタオルは、気付けばカチカチに凍りついている。
凍傷、低体温症が頭を過ぎる。嬉しい事件は不安へと一変した。
倒木が道を塞いでいた。道を見誤ったか、いやピンクのテープが巻かれていた。潜るには低く、跨ぐには大き過ぎた。回り込む。雪が道を埋めて行く。踏み跡は無い。テープが頼りだ。道を外さないように細心の注意をするのだ。大部分が細い尾根道、一番高い位置を維持して歩けば良いはずだ。ここが前飛龍だろうか、岩を上っていた。この雪にこの岩。上ったはいいが何処へ下りれば良いのだ。すると向こうにオジサンの姿が。その表情には不安と笑みが入り交じっていた。「こんにちは。参りましたね。気をつけて。」気持ちだけのハイタッチを交わした。オジサンが現れた方向へ、その足跡を辿る。ありがたい。

PB180290.jpg

前飛龍の標識。12時45分。30分程度の道のりを倍近く掛かっている。急がなければ。しかし、これを下りろと言うのか。ほぼ絶壁。恐ろしい。切り立った尾根。これは雪がなくても恐ろしい。それをこの雪。そしてどこへ向かって下りれば良いのだ。先人の足跡もすぐ雪に埋もれていた。体の向きを変え、埋もれた足場を探る。冷たい雪に手を突っ込み手掛かりを探る。それはもう冷たいを通り越して痛い。そして感触も麻痺してそれが岩なのか雪なのかさえ判断出来なくなって来た。ちょっとでも滑ろうものならば、また踏み外すことがあればそれは奈落の底へ。慎重を極めた。ああ、もう生きた心地がしない… 何度も声にならない悲鳴をあげた。
急激な落差が続く。正しいルートなのか。下りて行くことができるのか。それでもルートを確保出来ているのは、幸いにも切り立った細い尾根道だから。もちろんそれは帰ることが出来たらの話しであって、滑落して帰らなければ、不幸にして切り立った細い尾根道と言うことになる。

PB180291.jpg

おっと。ささやかな下り道で足を滑らせ転倒。身体にダメージは?大丈夫。痛みは無い。起き上がり、雪を払い、歩き出す。5歩と進まずまた転倒。やれやれ。歩幅を狭める。ハの字にしてみる。横向きに歩く。色々試し探る。それでも転ぶ。そんなことの繰り返し。まったく進みやしない。ダメージは転ぶことよりも20キロ近いザックを背負って何度も起き上がらなくてはならないこと。平地や上りでは転ばないで済む、ではと後ろ向きに歩いて見る。そんなことを繰り返しぜんぜん進まない。
雪は無くならないどころか勢いを増す。目の前はただ真っ白な世界。耳を澄ましても聞こえるのは自分の震えた息遣いだけ。世界と遮られ、切り離され、閉じ込められる。死の世界へと誘う妖精が舞い降りる。とうとう自分の身にもそんな時が訪れてしまったのだろうか。体力も気力も薄れて行く。運命は死神の手のひらの上。自分自身を制御出来ていない。押されたり、引かれたり、弾かれたり。もてあそばれているようだ。無力だ。絶望感が顔を出した。
されるがまま、なるようになれ… さあ、早くとどめを刺せ…

PB180293.jpg

足を滑らせ落ちる。岩に打ちつけ骨が砕ける。あるいは枯れ木に肉を引き裂かれる。純白の雪を濁った赤黒い血が滲み融かす。痛みと寒さ、そして孤独、絶望、恐怖に震えながら死がやって来るを待つ。いや、その辛さに耐えられず自ら命を絶つかもしれない。そんな姿が容易に想像出来た。
そして良く晴れた日曜日、色鮮やかに着飾った若い山ガールたちの悲鳴がこだまするー

それは可哀想だ、気の毒だ。その後処理をする人達もいる。迷惑だ。家族や仲間たちも避難を受けるだろう。それはあってはならない。
このまま消えてしまって良いのか?役割を果たしたのか?何か残せたのか? 何も出来てやいない。その価値も資格もないということだ。冒険者を気取ったただの逃亡者。まだ死ぬことは許されない。帰るんだ。帰って仕事をするのだ。タフが自慢だろ?動けなくなった訳ではないのだ。歩いているのだ。やることはただひとつ、足を前に繰り返し出し続けるだけのことだ。どれだけの時間が掛かろうとも…

しかし壁だよ… 壁のような上り。下りなくてはならないんだ。なのにまだ上るのか…いい加減にしてくれ…

PB180296.jpg

見上げるとそこには光があった。太陽だ。導きの光り。気付けば雪は止んでいた。太陽を掴みに行く様に這い上った。

PB180299.jpg

太陽の光りが注がれ、雪道に反射して拡散した。救われたのだ。

PB180301.jpg

しかしまだ終わりにはほど遠い。行こう。途中、木に吊るされた札を見つけ、付いた雪を払い落とす。

PB180302.jpg

熊倉山。6月に向こうからここまでは歩いた。この先は知った道のり。14時15分。やはり倍の時間が掛かっている。日没に間に合うか。見込みではあと2時間半。ぎりぎりだ。もうこの先はほぼ平坦な道が続いたはずだ。
まずはこの急な下り坂。とても歩いて行けるとは思えない。滑り転げ落ちるのが目に見える。
真っ直ぐブレずに下りるには… ストックを最短にしてしっかり握りしめ、尻を着いて滑り下りた。尻セード!

PB180308.jpg

穏やかな道になり、気持ちも穏やかさを取り戻しつつあった。

PB180311.jpg

それでも歩幅は小さくゆっくり慎重に。

PB180314.jpg

空が晴れれば心も晴れる。雪景色を楽しむ余裕が出て来た。雪を冠ったブナの森

PB180322.jpg

樹々に被った氷が輝き、真っ白な雪の上に真っ赤なもみじを散らせた。

PB180323.jpg

特別な光景。目紛しく変化する風景と感情。特別な場所と特別な時間。

PB180321.jpg

サヲウラ峠までやって来た。陽は随分傾いた。ここまで変わらずの雪道だった。

PB1011180328.jpg

昨日と同じ場所 昨日は秋で今日は冬 道標も夕陽に輝く

PB1011180327.jpg

さて、ここを下りるかそれとも。この雪の中、未知の急坂を下りるより、暗くなったとしても知った丹波天平を下りる方が良いだろう。それに雪の丹波天平を見てみたい。決めたら急ごう。

PB1011180335.jpg

PB180337.jpg

しかし焦りは拭えない。この陽もすぐに落ちてしまう。

PB180339.jpg

太陽はもう横にあって、立ち並ぶ樹々が光と影のストライプ模様を作り出した。

PB180341.jpg

冬毛の鹿二頭が道に立ち止まった。こちらに気付く。互いに身構える。一声鳴いてすぐに山の奥へと走り去った。

PB180348.jpg

青空が広がり、雪を冠った樹々、そこに浮かんだ月までもが光に輝いている。

PB1011180349.jpg

何事も無く、またこんな景色が見れて良かった。

PB180352.jpg

丹波天平への選択は良かった。昨日とはまったく違う場所のように斜陽を受けて輝いていた。

PB180355.jpg

丹波天平を抜け下り口まで来る。長く伸びた自分の影が雪に映し出された。太陽は山の向こう側へと隠れようとしている。ヘッドランプを取り出して装着した。

PB1011180357.jpg

素敵な景色に別れを告げて下り始める。

PB180358.jpg

正面には夕陽で更に燃える紅葉があった。次第に雪は消えて、雨に濡れた落ち葉となった。しかしそれがまたよく滑った。雪と同じように、何の防御もする間もなくひっくり返った。植林された杉林もあり、あっという間に闇に包まれた。ヘッドランプをオンにする。それはやはり心地良いものではない。早く抜けたいと小走りになる。そして滑って転ぶを繰り返した。

PB180359.jpg

犬の遠吠え、車のタイヤの摩擦音、生活の音。街灯も目に入った。そして小学校の門が見えた。
終わった。
錆び付いて硬くなったロックを外して門を押し開けた。と同時に音が大きく鳴り響いた。門を開けた事の非常ベルか。小学校への不法侵入、熊侵入の非常ベル。はっとして身構えた。いや、音楽だ。「遠き山に日は落ちて」
時計を見る。17時丁度。びっくりしたよ。感傷的で臆病になっているのだ。深く息をつき背筋を伸ばした。
駐車場へ暗い道を歩きだす。さあ終わった。なのにどうした、なんだこの不快感は。達成感?そんなものは無い。ギリギリだったのだ。ただもがきながら逃げて来ただけだ。そして随分怯えて震えた。生きて帰るための五感を澄ますために感情は殺したのだ。それにしても何だ、この拭えないものは。もういい。終わりだ。帰るのだ。さあ甦れ!

そうだ、アンドリュー、君は無事かい…


三条の湯 7:55
北天ノタル  10:30
飛龍権限 11:20〜11:50
前飛竜(1,954.0m)12:45
熊倉山(火打岩)(1,624.0m)14:15
サヲウラ峠  15:10
丹波天平 15:50〜16:00
丹波小学校  17:00
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント