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鷹ノ巣山避難小屋にて 第二日目

2010年5月18日
石尾根縦走路 鷹ノ巣山避難小屋 〜 鷹ノ巣山 〜 七ッ石山 〜 六ッ石山 〜 奥多摩駅


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目覚めた時、窓の外は白み始めていた。5時前。やれやれ、星はどうだったのだろうか。起きていれば星空を見ることが出来ただろうか。起き上がる。背中が痛い。エアマットが悪いのか、空気が足りなかったのか。それとも所詮こんなものなのだろうか。とても眠い。しかし、またこの上に横になる気にはなれない。諦めて外に出る。
寒い。ダウンを脱ぐことは出来ない。ああ、気分が優れない。体調が悪いと言う訳ではない。確かに快眠では無かった。何だか妙に、そして強烈に空しい朝だ。光が足りず、肌寒く、でも風も無い。鳥の声もしない。いやそういう事ではなく、何かがとても足りない。何なのだ?山の素敵な朝の筈だったのに。ものすごく居心地が悪い。ここでこうしている自分がとても愚かに思えてならない。
夕べのラジオのせいだ。


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湯を沸かしコーヒーを飲むか。


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朝と言えば、しそわかめご飯、ゆうげドライの定番。気分が晴れていればもっと美味しかっただろうに。


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予定通り(?)途中でガスは切れた。固形燃料簡易ストーブの出番だ。
風向きを確認して火をつける。思っていたより早く沸騰を始めた。風がほとんど無いせいもある。
これは十分使えるな。もっと積極的に使おう。そしてまたコーヒー、またタバコ。


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眩しい!6時に近づくと樹の間から太陽が光を差し込んだ。


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目が覚める。気分も覚める。日溜まりの温もりに微睡む。真新しい一日だ。
長く伸びた自分の影と戯れる。
もう腹減った?昼食兼行動食のオールレーズンに手をつける。
太陽光線を浴びて肉体と心と血に活性化を促す。太陽はこんなにも心を動かす。


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そろそろ出発しよう。道のりは長い。石尾根縦走路を奥多摩駅まで歩くのだ。
あのオヤジさんはうまいビールに喉を鳴らせただろうか?
鷹ノ巣山を目指す。


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遠くに富士山が見える。この山々を越えれば、そこに辿り着く?
カメラを向ける。足下から山頂まで距離感を。


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裾野から空高く宇宙感を。


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7時50分。鷹ノ巣山に着く。先月歩いた御岳山、大岳山、御前山が一望出来る。


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いずれはこの奥多摩すべてを歩き尽くしたい。さあ、歩こう。そう、この積み重ねだ。


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歩く。ただひたすら歩く。汗を拭いながら。


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地図にはいくつも山が表記されているが、道にはそれ示すものが見当たらず、進み具合を把握しづらい。地形図を読めるようにしなくてはいけないな。


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おっと随分キツい下りだ。しかし、それを平然と上って来るものがいる。
黄色いヘルメットに作業着、右手にはクリップボード。駅の階段でも上るように。呼吸も乱さず。この人にとってこの山は日常だ。タフガイ。こちらはただの冒険ごっこで、自分の両手のストックはオモチャに思えた。


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9時40分。随分歩いた。六ツ石山。小休止。腰を下ろし、山々を眺めながら食べかけのオールレーズンを食べ尽くし、バナナチップ、ミックスナッツを頬張る。


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「こんにちは。」軽装男性ひとり。
「大きい荷物ですね。縦走ですか。」はい。
「わたしは林道から上って来て、来た道を下りるだけです。」そうですか。では気をつけて。


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歩く。
振り返ると随分と高度を下げている。しかし何だろうか、ぜんぜん進んでいる感じがしない。


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歩く。
ザックが大きいのか、薄着だと装着が悪く、肩も胴も遊びがあってどうも落ち着かない。これが疲労の最大の原因だ。


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歩く。
薄暗く湿った杉の植林地帯、道は深くえぐれている。そう造ったのか、いや、えぐれてしまったのだ。木々の悲鳴が聞こえる。根は露出し踏みつけられる。削られる。そして倒れる。


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歩く。
あのオヤジさんもこの道を歩いたんだね。明るいうちに抜けることが出来たのかな?
歩く。
もうしんどい。早いとこゴールとしたい。舗装された道に出る。やっと終わりかと思いきや、また山道となる。やれやれ。
歩く。
もう疲れた。あとどれだけ歩くのだ。
歩く。
アミノ酸ゲルを吸い、チョコレートを頬張る。そして呼吸困難になる。
歩く。
終わったからって、ビールなんか口にしようものならイチコロだな。帰れないぜ。
歩く。
ああ、疲れた。力不足だ。早く到着してくれ。
歩く。
いったい何を喘いでいるのだ。好きでやっているんじゃないのか?! 情けない。
歩け!
この男、逃亡者につき。


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奥多摩駅到着。やれやれ、疲れた。本当に疲れた。時間を書き留める事を忘れたほど。おそらく12時ほぼ丁度。
駅前のベンチに腰掛け、タバコに火を点ける。暫し放心。その姿に笑みを浮かべる者がいる。ボロボロに見えたのだろう。
ボロボロですもの…
車を置いている鳩ノ巣まで電車に乗る。土と汗で汚れている。シートに腰掛けられない。
汚くて、臭くてすみません。すぐに降りますから。
鳩ノ巣駅から駐車場への急坂は今にも転げ落ちそうだ。山歩き以上にストックが頼りになった。
車の中でコーラを流し込みながら、着替えをする。
達成感は何処へ行った?満足しないのか?ゴールしたのだ。だというのに何だ、この喪失感は、この不快感は?
達成感?達成なんかしちゃあいない。それどころかまだ何も始めていない。
耳元でそう囁いたのさ。ハタチの女の子がね。そう言う事だ。
しかし疲れた。
そして眠い。本当に眠い。
時間ならたっぷりある。ひと眠りしよう。


鷹ノ巣山避難小屋 7:15
鷹ノ巣山(1,736.6m)7:50
水根山 8:20
城山 8:48
将門馬場 9:13
六ッ石山 9:44〜10:12
奥多摩駅 13:00

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鷹ノ巣山避難小屋にて 第一日目

2010年5月17日 晴れ
倉戸山 〜 石尾根縦走路 鷹ノ巣山避難小屋 〜 日陰名栗峰 〜 高丸山 〜 鷹ノ巣山避難小屋


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前日までは電車を使うつもりでいた。
6時03分発の電車で出発。それに乗る自信が無かった。1本遅れるとその後の接続が極端に悪くなる。そして大きく遅れを取り、中止せざるを得なくなる。いや、それよりもやはり疲れてしまうことだろうか。余裕の無い数回に及ぶ乗り換え、その上帰りは汚れや汗の匂いと大きな荷物。通勤の皆様とご一緒するのは居心地が悪過ぎる。時間も費用もほとんど変りはない。車なら汚れたままでかまわないし、もちろん着替えもたっぷり持てる。余分に荷物を持ち、その移動の時間も楽しむことが出来る。それにあの山道具屋に寄り道もしたい。言い訳を並べて車で行く事にした。地球温暖化に加担しているという後ろめたさが無くも無いが…

今回の初物。奮発したインフレータブルのマット。
ザックの外付けではなく、中に収納したかった。 過去の苦い思いにより…
チタンのアルコールストーブも手に入れたが、今回は使い慣れた、そしてあえて残料の少ないガスカートリッジをメインに、サブとしてずっと持っていたものの、未体験の固形燃料ストーブを持つ事にする。夜に何度も湯を湧かし、飲み物を得る。途中で吹き消すことの出来ないアルコールストーブ。これを持ち出すのはもう少し使い慣れてからにする。

午前0時出発。外環状、関越道、圏央道と乗り継ぎ、青梅で下りる。青梅街道で行くつもりでいたが、少しでも早く到着し、少しでも早く眠りたい。お金を使ってしまうが、眠いのだ。今回も鳩の巣渓谷の駐車場の世話になる。ベースキャンプ。
1時40分到着。昨年の秋に見たあの星空を見る事は出来なかった。
車を駐車場に停めると、寝袋を出してシートを倒した。
助手席のヘッドレストに携帯電話のアラームを6時にセットし振下げた。すぐに眠りに落ちた。

アラームに起こされる。電車とバスの時間を確認。7時22分の奥多摩行きに乗り、33分のバスで倉戸口へ。
缶コーヒーを飲み、菓子パンを齧りながら支度を進めた。コーヒーのスクリューキャップボトル缶は連れて行く。後に吸い殻入れにするのだ。
向かいの上りホームには、学生服とスーツ。人間社会へ向かう。 こちら下りホームは自分ひとり。山社会へ向かう。
1分遅れで電車がやって来た。たかが1分だが、それが意外に思えた。ボタンを押してドアを開ける。車内には数人の地元民とハイカーがいた。
奥多摩駅で降りると人々は散って行った。同じバスに乗ったのは、軽装ハイキングの熟年夫婦と熟年スーツ。乗客は4人。
一番最初に熟年スーツが降りた。奥多摩湖だ。事務所へ向かって行く。ここの職員らしい。
倉戸口がアナウンスされボタンを押す。これまでも到着ぎりぎりのアナウンスで、間に合うか気掛かりだった。予めボタンに手を掛けて準備する必要があった。料金箱にザックが引っ掛かる。無理矢理引き抜く。運転手が呆れた顔を向けた。マットを外付けしなくて良かった。挟まったままバスから降りる事が出来ず、終点まで連れて行かれたことだろう…


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8時丁度。倉戸口の看板。「登山道は大変急峻で不明瞭な場所が多く、遭難事故が多発しております。」
遭難した光景と心境が容易に想像出来た。身が引き締まる。

民家のある階段を上る。これだけの階段の中で生活しているのだ。大変なことだ。


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通り抜け未舗装の登山道が現れる。いきなりの急登だ。途端に汗が吹き出す。やれやれ、もう足を止めている。なんてヘボだ。登り始めでこの調子だ。先が思いやられる。そしてタバコを止めるべきだ。


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石尾根縦走路の千本ツツジは6月がシーズンとあったが、この高さでは今が旬のようだ。


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10時前。倉戸山のピークに立つ。ピークと言っても広い平地に近く、山頂の雰囲気はない。ここまではずっと急登だったのにもかかわらず。立ち止まって味わう場所ではない。ただの通過点、水を一口だけ流し込み、歩き出す。

一面の落ち葉で道を見失う。広葉樹が密になって太陽を遮り薄暗い。かなり深い落ち葉だ。ビニルテープを発見。辿るが道しるべではなかった。どう見ても逸れている。林業関係の何かの標しなのだろう。歩いたところをそのまま元に戻り、もう一度辺りを見渡す。登山口の「不明瞭な場所が多く」が甦った。ロストしてしまったか。色の違うビニルテープ。そちらへ行ってみる。陽が差し、細い尾根道へ出た。やれやれ…


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木漏れ陽の射す尾根道は本当に気持ちいい。乾燥しているのか、先月の御獄山から御前山を歩いた時のように、絶え間ない汗と鼻水に悩まされるということはなかった。使われないままの大量のティシューとゴミ袋でポケットが膨らんだままだ。新緑と日差しを楽しみながら長い長い尾根道を黙々と歩く。ツツジが咲く横に朽ちた物置。哀しい光景。

鷹ノ巣山手前の分岐で中年夫婦が腰を下ろし休んでいた。始めて人と出会った。こんにちは。しかしその道を塞ぐように座っていたのでそこが分岐と気付かずに通り過ぎてしまった。おかしいと気付き、引き返すこととなった。途中、歩き出したその夫婦とすれ違った。道間違いがバレてしまった。君達が道を塞いでいたせいだぜ!

正午過ぎ、石尾根縦走路に合流。ひとりの若い男が向かって来る。白いストライプの入った濃紺の新しいジャージ上下に真っ白のスニーカー、真っ白のタオルを頭に巻き、フレームもレンズも真っ黒のサングラス、天然木の杖。20代半ばと見える。歳相応のスタイルとは思えない。現代への反骨か。ポリシーなのか。確かに今時のスタイルと来たら。ファッションとしての登山を多く見る。決して非難しているわけではない。しかしその厳しい、苦しい、しかめっ面。そしてこんにちはに応答がない。30年前の亡霊だったのかもしれない。


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突然視界が開け、異物が目に飛び込む。登山道にテーブルとベンチのある広場。山の上とは思えない。まるで公園のような光景に少し拍子抜けした。左手には鷹ノ巣山避難小屋が見えた。ここまで4時間半、午後12時半を回っていた。多人数のキャンプにはもってこいだ。光景が目に浮かぶ。


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そういえば山岳部という選択に迷ったことがあったな。もうひとつは漕艇部。高校入学。体育系な人間では無い。いわゆるスポーツとされるものはとても苦手だ。きっと先天的に。それでも高校生たるもの運動部に所属するべし。そんな空気に従った。しかしこのふたつに抵抗はない。それどころかどちらも惹かれる。
新しい世界、冒険の匂い。どちらかではなく、どちらにも参加したい。今日は山登り、あすはボート。
しかしどちらかを選ばなくてはならない。では山岳部か。冒険への憧れ。しかし悩んでは見たものの選択の余地は無い。漕艇部を選んだ。山岳部は装備に旅費と間違いなく金が掛かる。まさか「各自ボートを用意しなさい。」ということは無いだろうから。

部活動は週一回だけ戸田の漕艇場へ出かける。東京オリンピックの競技場だ。今はボートレース場も兼ねている。
レースがある時は途中で仕切られる。学校所有のボートはナックルフォアとシングルスカル。シングルスカルはOBの寄贈によるもので綺麗だった。一方、ナックルフォアはひどいもので、外壁の塗装は落ち、浸水する。
漕艇場へ着くとすぐ、500cc紙パック飲料の購入が義務となる。そして急かされながら飲み干したところで練習開始となる。艇庫から運び出し、浮かべ、乗り込み、漕ぐ。折り返し地点へ着くと号令により持ち込んだ紙パックでせっせと水を掻き出す。ヨ~シ。反転させ、そして漕ぎ出す。それを繰り返す。
インターハイ出場の機会があった。実力も無いのに。その時のナックルフォアは借り物だった。試合前、他のチームはボート漕ぎマシンを用いて息を荒げ、目を血走らせ、レースに備えていた。そう、本来はアスリートの世界だ。
一方こちらは小っちゃいの、デカいの、細いの、太いの、正に異物だった。それでも同じスタートラインに並ぶ。早稲田、慶応の鍛え抜かれた肉体とのクールな視線に挟まれて。なかなかスタートの合図が出ない。審判が渋い顔をしてこちらに走って来た。
「君達、ユニフォームは?!」
無いんです。各々自分勝手な勝負服。Tシャツ、短パン、ジャージ。赤やら、黒やら。ユニフォームが無い。
「何?! それじゃあスタート出来ないよ。失格だ。」
ごもっともだ。まるでマンガ「アパッチ野球軍」だ。「おれたちゃ裸がユニフォーム~」裸になれば良かったか。
「責任者は?」
どう説明したかは知らない。顧問の教師が何度も頭を下げていた。そしてようやくスタートする事が出来た。
しかしレース展開はと言えば、気迫とスピードが別世界だ。両脇で早慶戦が繰り広げられた。遥か彼方で競っていた。
勝てるとは思っていないが、あの大差は情けないとしか言い様がない。恥の上塗りだ。
失格していた方が良かったのかもしれない。格式高い早慶戦に水を差した。

山中湖合宿というのがあった。それを合宿と呼んで良いのかは別にして。ボートを出しては釣りをする。買い出しと宿舎での自炊を楽しむ。それは運動部的合宿ではなく、限り無くレジャーなキャンプだった。
その年はプランクトンが異常発生し、水面は緑色に染まっていた。そんな記事と共に、山中湖にナックルフォアを浮かべて釣り糸を垂らしている写真が新聞に載ってしまったのだ。
後ろ姿で良かった。そして何よりユニフォームが無くて良かった。そんな事が思い出された。
それなりに歳を取ってから野遊びに目覚めたものと思い込んでいたが、そうでは無かった。

するとこの背負った大量の道具たちは「大人買い」ってやつか…


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「大人買い」でいっぱいのザックを下ろし、タバコに火をつけ、周辺を散策しながら設備を確認する。まずは水の確保だ。水確保用に口の広いソフトボトルを直前に手に入れた。双子池の水汲みに対応するためだ。水場までは5分程歩く。ボトルとカメラだけを持って向かった。
水場には中年夫婦が腰を下ろし足を洗っていた。ふたり揃って不愉快そうな顔で黙々と。夫婦喧嘩中のご様子。こんにちは。無言で不愉快そうな顔だけ向けた。不愉快だ。今日はみんな無口だ。
水の出口は細いパイプを経由していたため、それまでの細口でも何の苦労もなかったようだ。大抵はこうなのだが。

小屋へ戻ると木々の隙間から今流行りの山スカートにタイツの姿が見えた。大きなツバのハットを被った山ガールがこっちへ歩いて来る。
トイレを使わせてもらう。予想を裏切り綺麗で臭いもない。しかしロックが掛からない。あっ、まずいぞ。この最中に開けられてしまったら。あちらはこちらに気付いていない。サポートタイツを半分下ろしてカッコワルイ。
もし、この小屋にふたりで泊まることになったらどうなのだろう。話に華を咲かせ酒をかわし、酔いと冷静のバランスを探りながら間隔を詰め~。いや、干渉を嫌い、最大の距離を置いてぎこちないシラけた夜を過ごすことだろう。まあどちらでも無く、そうなる前に小屋を譲り渡してテントを張るだけだ。要らぬ心配だ。いや、そうしたらテントで淹れたコーヒーに彼女の姿が写り、「眠れなくて~
終わりのない妄想を振り払うように扉を開けた。
そこにいたのは還暦あたりの短パン姿のオヤジだった。情けないと同時に安堵した。


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「ここに泊まるの?」小屋の写真を撮っていた。
こんにちは。テント持って来たんでどうしようか悩んでいます。
「小屋独り占め、いいじゃない。小屋がいいよ。僕は山小屋専門だけどね。」
朝の7時に鴨沢から雲取山、雲取山荘へ向かい、このまま奥多摩駅へ下りると言う。二日掛けたい行程だ。以前にそう計画した。その時は、電車の時間を間違え、計画とは違うルートでのピストンを余儀無くされた。今回はそのリベンジでもある。前回歩けなかった残りのルートを今回繋げるのだ。
雲取山荘をも経由してこの時間にここに居るとは凄い早さだ。そう言うと、誇らしげに笑った。それにしても元気なオヤジだ。こちとら時間が無いんじゃ。二日も掛けていられるかい。そう言う事なのかも知れない。
「ザックの中身は着替えでね。山下りたらすぐ全部着替えて、山の気配を完全に消してから電車に乗るんだよ。」
人それぞれ、色んなこだわりがある。確かにその水色のデカパン。その格好で電車に乗ってはいけない。
「いやあ、それにしても長いね。早く下りてビール飲みたいよ。じゃあ、楽しんで。」
まだまだ先は長いですよ。気をつけて。
靴ひもを締め直して出掛けて行った。
ああっ、そっち行ったら下りちゃいますよ。その上の道です。
「おお、そうか。」


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昼飯にする。小屋の前のテーブルでガスストーブに火を入れ、汲んできた水を沸かす。その間に荷物を小屋に置かせてもらう。
小屋の入り口に温度があり、気温は17.5度。小屋の二重の扉を開け中に入る。薄暗くひんやりとしていた。内側にも温度計があった。室温は10度。閉め切られた空気の嫌な臭いが隠っている。ここに寝るか悩むところだ。寝ることを前提に、ふたつの窓を少しだけ開けて新しい空気を通した。
味噌汁を入れ、買ったおにぎりを3つ食べた。紀州梅2つと日高昆布1つ。ウェットなものを選んだ。
ファストフードにしてスローフード。そしてソウルフード。これに勝るものは無いな。
たばこを吸い、アミノ酸を流し込むと、その先へ行く準備を始める。
14時過ぎ、荷物を小屋に入れ、ナップサックに水、ファーストエイドキット、タオルを放り込んだ。
前回残したルートを繋げるのだ。


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日没の17時頃までに戻るには片道1時間半が目処となる。七ツ石山にどれだけ近づけるか。
歩き出してすぐ日陰名栗峰の登り。結構な急登だ。一瞬、躊躇する。呼吸もきつくなり、汗も吹き出す。息が上がる。数歩上がっては足を止める。
冷えた風が頬を撫でた。ああ何と気持ち良いことか。今この時この場所に立っている者にしか味わえない快感。足を止めて浸る。景色の広がる尾根歩きはやはり心地良い。
三頭山、大菩薩嶺。少しだが、山が分かるようになった。自分の位置やスケールが実感出来ると楽しい。


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ここを登り切る手前辺りにテントを据えると夕暮れから星空、夜明けまで絶景を楽しめるとブログで見た。
しかし、キャンプ場では無い。候補にしていたが未熟者は止めておこう。


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下るとすぐ、高丸山の急登を上り、


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上り


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下りる。


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上って


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下りる。ヘロヘロ…。


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そして千本ツツジの辺り。このツツジはまだ咲く時期ではない。
そろそろ時間だ。明確な折り返し点が定まらず、消化不良のままこの辺りで、と折り返した。もう少し行けば七ツ石山なのだが。暗くなる前に後は寝るだけの状態にしておかなくてはならない。もう日蔭名栗山や高丸山を上り返す気にはなれない。後々にダメージを残しそうだ。疲れたし早く帰らないと。と、捲き道に逃げた。薮の中で景色は無い。脇見する事も、足を止める事も無く突き進んだ。何度も蜘蛛の糸が顔に絡んだ。


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小屋に戻った。陽が傾いている。16時半過ぎ。小屋に人の気配は無い。誰かがいれば迷わずテントなのだが。さてどうする。悩ましい。気温も申し分無いし、あの雲取山の時のように強風に怯える事も無い。空気の匂い、星空を楽しむにはテント以外ない。でも虫は嫌だ。この綺麗な小屋を前にしてテントとは。それに経験値を上げるには避難小屋ひとりぼっちデビューは必須だ。今回はそちらを取ろう。とりあえず暗くなる前に、小屋泊りを前提に荷物を整理しよう。気が変わったら移動すればいいだけだ。


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闇に包まれる前に夕食の支度。定番となったアルファ化米ドライカレーとオニオンスープ。
マットと寝袋を広げ、ランタンを持ち、ヘッドランプをセットして外へ出た。
ベンチに腰掛け、闇を待ち、星を待った。一番星が輝き、三日月が現れた。


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背後で大きな物音がした。何か巨体が樹を揺らしたようだ。まずい!まさか熊!?。このままじっとしていればやり過ごせるか。いや、黙ってこのまま後ろからガオーッとやられてしまうのか?
堪らず振り返った。ヘッドランプに照らされたのは鹿だった。しかしそれはそれで驚いた。光りの中に照らされ警戒し、身構えこちらを睨みつけている。それだけではない。闇の中で12個の瞳が光りを反射し、列をなしてこちらの様子を伺っている。距離にして10メートル程。脅威を感じる。身の危険を察したシマウマがライオンを蹴り殺すこともあるとNHKで見た。そしてここは彼らのテリトリーだ。取り囲まれているような気配だ。刺激しないようにゆっくりと前に向き直した。何も音がしない。じっと構えているのか。忍び寄られているのか。静かに振り返る。数歩前進していて、光る瞳が地面から上がった。どうやら移動しながら草の食事をしているようだ。目の高さから子供が二頭いるのが分かった。動きを止め、こちらを注視している。動揺させないように静かに前を向く。静かだ。気になり後ろを向く。少し動いて目が一斉に上がる。向き直す。振り返る。足を止める。向き直す。振り返る。足を止める。
ダルマサンガコロンダ。おいおい君達、みんなとっくにアウトだぜ。
繰り返しているうちに闇の中に消えた。

空はどうだ。星の姿はない。まだ早いのだろうか。諦めて小屋に戻る。また後で見てみよう。

バッテリーのランタン、ヘッドランプの白い光はどうも心地良くない。虫除けに持って来たティーキャンドルを灯した。炎が小さく踊る。悪くない。
それにしても恐ろしく心細い夜だ。テントだったらこうはならなかっただろうか。いや、そんな夜をどこかで求めていたのだ。そしてそのためにやって来た。
堪らず、携帯電話のFMラジオを立ち上げた。若い男たちの声。スピーカーの音は小屋に妙な響き方をした。イヤな音だ…イヤフォンにする。しかしはしゃいだ若い男たちの会話は耳を貸す内容では無かった。
ジャズはないのか。ジャズがいい。80年代あたりのフュージョンなんか聞きたいな。映画のサントラでもいい。ポップスではなく、古いオリジナルのもの。しかし聞こえて来るのは不愉快なお喋りばかりだ。
それでも、落ち着いた心地良い女性DJの声でチューニングを止めた。そして若い女性との対話。
明日、ファーストアルバムが発売になるという新人シンガーソングライターがゲスト。
二十歳。プロになると決め、長期目標を立て、そのためにやる事をカレンダーに落とし込み、書き出して壁に張り、自分を追い込んだ。密度の濃い、長い時間を積み上げてそこへ辿り着いたのだ。それを穏やかに話していた。
熱いものが込み上げて来た。同じ歳頃に同じ情熱を持っていた。そして過ごしてきた時間と今居る場所。熟成させた女の子と、腐らせて彷徨い続けている男。ああ情けない。
間違った「自由」を気取ってこうして逃げて来たのだ。そして情けないことに闇と孤独に怯えているのだ。
曲が始まった。詩、曲とも女の子のもの。初々しく飾らない真っ直ぐな言葉、旋律、情熱。
歌声は会話から想像したものとは違うものだった。ソウルフルで鋭く心に突き刺さった。
もっとその時間の中にいたかったが番組は終了してしまった。
FM富士。この時間、この場所に居なければ、そしてテントで過ごしていたなら、ましてやこの山に来ていなければこの放送を聞く事は無かった。これが出会い、因縁なのだ。導かれたのだ。
この娘を見続けろ。見守れ。見習え。そう言う事だ。ノートに書き留める。
ツジシオン(辻詩音)
局を変えてみる。他は聞きたくない。ラジオを落とした。寝袋に納まる。改めて部屋を見渡す。この広い空間に、隅っこのマットの上で小さく、そして感傷的になっているのはとても滑稽に思えた。情けない。泣けてくる。ふたりの声が恋しい。
聞き慣れた宇多田ヒカルもカーティスメイフィールドも何だか遠くに聞こえた。呆れたように背を向けて歌っている。
そして今にもあのジャージの男が音も無く目の前に現れそうだ…

倉戸口 7:55
倉戸山 9:50
榧ノ木山 11:14
石尾根分岐 12:14
鷹ノ巣山避難小屋 12:48〜14:12
日陰名栗峰(1,725m)14:55
高丸山(1,733m)15:20
鷹ノ巣山避難小屋 16:40
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