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ある夏の日。

2004年7月27日19時31分


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空 朝 夜明け 朝焼け 御来光 日の出 太陽 お日様 sunrise


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ひとつの始まり。

2004年7月21日、22日 新潟県、中之島町。
奥底に眠らせていたものが目覚めた。
ひとつの始まり。

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Wikipediaより引用。
 平成16年7月新潟・福島豪雨(へいせい16ねん7がつにいがた・ふくしまごうう)は、2004年7月13日を中心に新潟県と福島県で起こった豪雨災害で、7.13水害(ななてんいちさんすいがい)とも呼ばれる。
 このため、信濃川水系の五十嵐川や刈谷田川、中之島川の堤防が11ヶ所で決壊し、五十嵐川流域の三条市と刈谷田川流域の中之島町を中心に、長岡市、見附市など、広範囲で浸水被害が発生した。広大な平地が浸水したため、避難所となった施設までもが浸水し避難者が孤立するという事態も起こった。

 その頃、会社の業績が悪く、ワークシェアリング(当時はそう言わなかった?)を強いられた。休日が増え、収入は激減した。休日を楽しむ余裕なんて無い。遊んでいる場合では無い。アルバイトでも探すか?何とも言えない虚しい時間を過ごしていた。そんな中、新潟、福島で水害が発生。ニュースの映像でその非常事態な様子は伺えた。一週間近く経っても一番被害のひどかった中之島町では避難が続き、ボランティアを募り続けていた。時間をたっぷり余らせた役立たずがここにいる。こんな男でも何か少しでも役に立つ事があるのなら。そう呼んでいるのだ。こんな男でも必要と求めているのだ。行かなくては…。しかし、出掛けて行くにはお金が掛かる。道具も各自持ってらっしゃい。とある。さて、どうしたものか…。この機会を見送れば間違いなく後悔する。そして、そんな状況に身を置いてみたい。自分自身の経験のため。半ば野次馬。さあ、行くのだ。
 ゴム長、いくつかの種類の手袋、滞在2日分の食糧を買い出し、捨てることになっても構わない服を用意し、ガソリンを満タンにした。痛ッ。
 夜明けに出発、中之島見附を目指して関越道を飛ばした。

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 その場所、避難所はすぐ分かった。避難している人達、配給を貰いに来ている車、もしくはボランティア達がごった返していた。隣町から、警察学校から。運良く出たばかりの枠へ車を止めることができた。持って来たおにぎりを食べる。昼飯分をウェストバッグにも詰める。着替える。何種類かの手袋も詰めこむ。ゴム長を履き、タオルを首に掛け、体育館の受付に向かう。ボランティアの行列に並ぶ。地元の新聞が取材していた。何処から来たのかとの問いに、東京と答えると、用はないと礼もなく移動した。コミュニティを記事にしたかったのだろうがそれは失礼だろ。先着順に数名のチームが組まれる。簡単な説明、注意の後、唐突に「どなたかリーダーに…」7人だったか、オヤジも若きも下を向いた。ここまで来て…。挙手した。手渡されたマスクを装着し、スコップ、土嚢袋を荷車に載せて、指定されたお宅へ向かう。それはそれは悲惨な、悲痛な光景だ。流れた物で路が塞がれている。車や家の中に並んでいた筈の生活家電、何だったのかわからないもの。どういう顔を向けたら良いのやら。しかし、大いに笑っている。楽しんでいるかと錯覚する程。もちろんそんなことは無い。一週間という時間がそうさせたのだろう。「よく来たね。笑うしかないんだよ〜ワッハッハッハッ!」汚泥の排除が仕事。軒下、庭、何処までが汚泥で、何処からが庭の土なのか判別がつかない。「もういいよ。」絶えない汗を泥だらけのタオルで拭い、汗と泥を交換しながら仕事を続ける。昼になればおにぎりにお茶、3時にはおやつまで出て来た。お客様扱いだ。そして「ウチはもういいからアッチへ行ってあげて。」3件目、赤いスポーツカーの車内は泥が詰まっていた。悲しいですね。「ん〜。誰のだか分からないのですよ。」漂流物だった。5時にボランティアセンターへ戻れる時間で引き揚げ、報告書を提出する。作業は終了したのか、危険、無理な作業要求は無かったか、など。遠くにセブンイレブンの看板が光っていた。億劫だが歩ける距離だ。別世界のように普通に営業していた。若い女の子がレジに立ち、商品棚も何でもあるぜ。足りないものなんてないぜ。と言わんばかりだ。興醒めして何も買わずに引き揚げた。
 キャンプとなる駐車場の車に戻った。すぐそばに、八王子ナンバーと多摩ナンバーの軽乗用車があった。若い男ふたり、仲間のようだ。ハッチを開けて腰掛け、それぞれに自分の火器を用いて食事の支度をしていた。手慣れた様子だった。それが日常の事の様に。ボランティアだぜ、なんて主張はしない。準備を整え、静かに次の出番を待つ。ここで眠り、また朝が来たら出掛けて行くのだ。そう、戦場の兵士のように。何てカッコイイ奴らだ。嫉妬を覚えた。
 温度、湿度とも高い夏の夜、菓子パンと焼き鳥の缶詰で空腹を埋め、シートを倒した。汚泥の匂いが染み込んだ、湿った空気が窓から流れ込む。纏わりついて拭えない。怠さも体をじっとさせてくれない。不快この上ない。眠れぬ夜を過ごした。絶えられず何度も深夜の散歩をした。それでも少しは眠ったようだ。夜明けに気付く。車を残し、彼等の姿はもう無い。着替えをしながら菓子パンを頬張り、缶コーヒーで流し込んで後を追った。

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この地は不幸な事に、同じ年の10月には新潟県中越地震に遭遇することとなる。


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